反レイシズム関連を中心に適宜更新します。


by ryangyongsong

今村復興相「東北で良かった」発言とレイシズム

今村復興相が次のような暴言を行ったという。


 「(東日本大震災は)死者が1万5893、行方不明者2585、計1万8478人。この方が一瞬にして命を失ったわけで。社会資本の毀損(きそん)も、色んな勘定の仕方があるが、25兆円という数字もある。これはまだ東北で、あっちの方だったから良かった。これがもっと首都圏に近かったりすると、莫大(ばくだい)なですね、甚大な被害があったと思う」

いろいろと酷い。
そもそも「復興相」のはずの今村氏が東北に無関心で、むしろ首都圏の被災を心配している点など、醜悪以前に、担当者失格である。最低限の責任や自覚もないというか、社会やマスコミや野党からの批判によるプレッシャーが痛くもかゆくもないままというか、何も感じずにぬくぬくと仕事していそうな感じがしてならない。

さて、「復興」に無関心な今村氏の暴言で批判を浴びているのは、東北で良かったなる部分である。もちろん被害に遭ってよい地域・人があってよいはずがないわけで、これはもう人間性を疑う発言ではある。

しかし、上の発想は、けっして非人間的な今村氏の人格に還元してはならないだろう。

そうではなく安倍政権の発想をやはり臆面もなく表現していると考えるべきである。

上の発言に現われているもの。それは人間の命を人数や(経済損失・復興)コストに還元し、それを比較する発想である。
被災した人々がどうやって暮らしているかには関心を持たず、人命・労働力・社会インフラ・経済活動がどれほど損なわれたのかという観点からしか発想しない。しかしそういう発想に還元すればこそ、東北と首都圏を比較可能になるのであって、どちらを誰を先に見捨てればよいか、という発想も出て来る。

なぜ、このことにこだわるのか。

じつはこの発想は、近代のレイシズムと根底から結びついているからだ。

少し嫌なことを問いたい。

上の、今村氏の暴言を、ほんとうに否定できる日本人が何人いるだろうか?

もうすこし言い直そう。

今村氏の暴言を、「キレイごというんじゃない、経済的に考えたら東北の「復興」より首都圏の防災に限られたリソースを投入したほうがいいに決まってるだろ」、などと肯定するひとは、結構いるのではないか? あるいは肯定までいかなくとも、完全に否定できる人は少ないのではないか?

杞憂ならいいんです。(私は心配性なので)

しかしそうは思えない。

なぜなら、上の今村発言に見られる発想は、百田尚樹や桜井誠のような醜悪なヘイトスピーチを繰り返す人々の発言のなかに、あるいはそれよりひどくないと思われている政治家のヘイトスピーチのなかに吐いて捨てるほどみられるからだ。

私は政治家レイシズムデータベースの運営をするなかで、毎日平均6件以上、政治家のレイシズム発言をチェックしているが、その内容は本当に酷い。
ヘイトスピーチを繰り返す政治家は何を言っているのか。
突き詰めていってしまえば、同じ人間を生きるべき者と殺すべき者とに分けろと、分けた上で前者を生かすために後者を殺すべきだ、とあの手この手で繰り返しているのである。

このレイシズムがもつ、人間を殺すべき/生きるべき人間に分ける、という恐ろしい機能を理解すること。それがなければ、私たちは相次ぐ政治家の暴言がなぜ頻発するのか、またなぜそれがまかり通ってしまうのか、よくわからないままであろう。

そのあたりについて、時間をみつけて、少しずつ書いていきたい。






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by ryangyongsong | 2017-04-25 23:49