反レイシズム関連を中心に適宜更新します。


by ryangyongsong

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前回に引き続き、記事「6/29京都大学での授業QA関連:ARIC出張授業で用いた反レイシズムワークシート(仮版)」で紹介した5つの問いの回答・解説です。


前回は1から3について書きました。

 ※問題はこちら

今回は4と5についてです。 解答は以下です。


4.企業の採用試験に遅刻しそうな男性Dさんが電車に飛び乗ろうとしたが、その車両が女性専用車両だったので電車を逃し、結局試験を受けられなかった。

×

5.朝鮮学校に自治体が補助金を出すこと

×

 つまり、二つともバツ(差別ではない)です。

しかし、なぜ、そういえるのでしょうか。

授業でも、それから問1から3の解説でも書きましたが、それが差別(レイシズム)か区別かを分けるのは、①(出自にまつわる)社会的グループへの②不平等であるか否かだ、と言いました(人種差別撤廃条約第一条を手がかりに)。

このモノサシを使って上の問題をみると、見ようによっては差別に見えます。つまり、問4女性専用車両も、問5朝鮮学校への補助金も、①グループ(女性だけ、在日コリアンだけ)へのものであるし、中身も②(特別扱いという)不平等に見えてもおかしくありません。したがって、このモノサシを形式的に適用するだけでは、そうでない人(男性・日本人)への差別だ、とみえても、何の不思議もありません。実際に、京大でお話しした時も、この二つの質問に○(差別だ)と回答した方はいました。

しかし、繰り返しますがこれは差別ではありません。なぜそう言えるのでしょうか。

そのカギは人種差別撤廃条約第二条の二項にあります。

2条 2 締約国は、状況により正当とされる場合には、特定の人種の集団又はこれに属する個人に対し人権及び基本的自由の十分かつ平等な享有を保障するため、社会的、経済的、文化的その他の分野において、当該人種の集団又は個人の適切な発展及び保護を確保するための特別かつ具体的な措置をとる。この措置は、いかなる場合においても、その目的が達成された後、その結果として、異なる人種の集団に対して不平等な又は別個の権利を維持することとなってはならない。(人種差別撤廃条約より引用。下線は引用者)

 

 要するにここでは、正当とされる状況がある場合には、不平等を是正するために①特定の出自にまつわるグループへの、②特別措置を取ることを、国に義務付けています

この①と②だけ切り取れば差別になり得ます(アパルトヘイトのように)。しかしその特別措置が、マイノリティの権利を擁護し、マジョリティとの不平等を是正するために必要な状況がある場合、それは差別ではありません。むしろ、差別を撤廃するために必要な状況があるかぎり、マイノリティだけに認められた特別な権利や措置は平等を保障するために必要であり、国はその措置をとらねばならない、というのが人種差別撤廃条約の義務です。(このような措置は、米国ではアファーマティブアクションと呼ばれ、欧州ではポジティブアクションと呼ばれます。よく「積極的差別是正措置」と訳されます。)

 上の問4の女性専用車両設置も、問5の朝鮮学校への補助金支給も、これに該当します。

 (女性専用車両に関しては、女子差別撤廃条約第四条がこの種の特別措置を差別とみなしてはならないことを規定しています。「締約国が男女の事実上の平等を促進することを目的とする暫定的な特別措置をとることは、この条約に定義する差別と解してはならない」等。)

 ここまでの話をまとめると、

1)平等を保障するためにマイノリティだけに認められた特別な権利と措置は差別にはならない。

2)このことは人種差別撤廃条約第二条2項で規定されている。

 ということになります。

 しかし、じつはこのマイノリティの権利に関しては、それ以上に重要な問題があります。それは、

 3)平等を保障するためにマイノリティだけに認められた特別な権利と措置を、「差別だ」とレッテルを貼り付けて攻撃することが、日本で最も悪質なレイシズム(差別)煽動となっている

 ということです。

 その解説は次回に行います。

追記

どういうことかが気になるという方は、たとえばこのサイトを見てみてください。

人権学習シリーズ 同じをこえて その「ちがい」は何のため? 女性専用車両で考える特別な措置/解説資料(コラム)


女性専用車両がどのように導入されたのかの経緯が書かれています。

 このような勇気ある当事者の取り組みによって、やっと勝ち取られた「特別措置」はしかし、(次回書きますが)欧米先進諸国水準と比較したとき、「権利」と言うにはあまりにも脆弱すぎるものです。法律や条令で十全に保障されたマイノリティの権利さえ日本にはないのに、わずかな「特別措置」が「特権だ」と猛攻撃を受けること自体があまりにも異常なことであり、日本の差別が強力であることを示すものです。


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by ryangyongsong | 2016-07-17 00:09
6月24日の東京女子大でお話しした時に、頂いた質問への回答の続きです。
Q「「共通言語」とは、つまりどのような認識を持てば良いのでしょうか? ①人権に関しては、侵害されたと感じること、また人権が侵害された際に本気で怒るような感情を持つようにとらえるということで合っていますでしょうか? ②、③も同様に考えてよろしいでしょうか?」
じつは、この問い(はじめ皆さんが寄せてくださった質問)に対して、どうやって答えたらよいか、悩み続けています。内容的に簡単でなく、論点も多いのですが、何よりいろんな答え方ができるからです。
前回は「反レイシズムという「共通言語」」について体系的な説明を試みました6/24東京女子大学授業QA①「反レイシズムという「共通言語」とは?」。しかしこれだけでは小難しくて、何が言いたいか伝わりにくいように思いました。

そこで今回は前回とがらりと違う角度から、思い切ってシンプルに答えてみます。

「共通言語」をつくるというのは、要するに、差別を見たら「110番」通報をするぐらい、差別=犯罪という規範が、社会で常識になること、です。

1.「共通言語」とは?

私は皆さんの前で、「反レイシズム(反民族差別)という「共通言語」」を日本社会に生きる皆が身に付けねばならない、と言いました。言いたかったことのポイントを三つ書きだすと次のようになります。

①(モノサシを身に着ける)何がレイシズムか見分けられる
②(アクション)レイシズムに遭遇した場合、何らかの形で声をあげる。
③(社会規範の成立)その積み重ねの結果、社会一般に「レイシズムは社会を破壊するので無条件になくすべき」という考えを常識化させる(社会的規範を成立させる)。

反レイシズムという「共通言語」の成立とは、端的にいえば、社会レベルで反民族差別規範が成立することです。日本が95年に批准した人種差別撤廃条約が義務付けるレイシズム(民族差別)禁止法制定が一つの指標となります。みんなでその状況をつくりあげること。これが私の言いたかった「共通言語」です。

こう書くと、縁遠いものに思えるかもしれません(特に①②と、③の間にかなりの開きがあるように思われても仕方ありません)。しかし同じことを差別でなく、犯罪に置き換えて考えてみてましょう。

①(モノサシを身に着ける)何が犯罪か見分けられる。
②(アクション)犯罪に遭遇した場合、何らかの形で声をあげる。
③(社会規範の成立)「犯罪は無条件になくすべき」という考えの常識化。

 こう書いてみると、不思議でもなんでもないはずです。なぜなら犯罪の場合は、「犯罪=悪」という社会規範がすでに成立しているから。だから①②③は説明が不要なほど常識化しているわけです。

 差別も犯罪と同じです。というより差別は欧米では犯罪/違法化されていることは、。授業でお話しした通り(欧米先進諸国ではだいたい半世紀前に既に基本となる差別禁止法をつくっています)。このような「共通言語」が存在しない日本がおかしいのです(だから遊び半分でマイノリティの命を弄ぶヘイトスピーチ=犯罪が頻発するのです)。

 犯罪を見たら、110番通報しますね。
 それと同じです。
 差別を見たら、110番通報する/できる。そういう社会にしていく。これが反レイシズムという「共通言語」をつくる、ということです。

 授業で私が、差別を目撃した時に本気で怒るべきという趣旨のことを言ったのは、この①と②にかかわっています。差別が起きた時、周りの人間が無視せずに、だれか本気で抗議する人がいた場合、それは差別を行った者が次に差別を繰り返すことの抑制になりますし、周りに「差別は公衆の面前で怒りを買って当然の恥ずべき行為だ」というメッセージを送ることにもなります(そのことでマイノリティにも「あなたは悪くない」というメッセージを送ることもある程度は可能)。

 しかし、それだけでは実は不十分だということは、犯罪の例を考えてみればわかりますね?
 その場でたとえ犯人を取り押さえたところで、110番通報して警察=国に対処してもらわないとダメですから(③が必要)。

 この、110番通報(国の犯罪調査)⇒警察の出動(国の犯罪抑止)というラインこそ、日本に欠けているものなのです。つまり、
 差別の110番通報(国の差別調査)⇒国の出動(国の差別抑止)
 というラインが、どこにもない。
 逆に言えば、これを社会がどうやって知恵を絞って(やる気ない)国会議員を働かせてつくらせるか、ということが問題なのです。

 しかしこれでも、「では、具体的にどうしたら?」という疑問が生まれると思います。

 そこでもっと具体的に「共通言語」をつくる方法を提案します。少しの良心があれば、誰もができる、極めて簡単なことです。

(その一つは実は、6月24日に受講生の皆さん自身が、当日に誰にも教わらぬまま既に実行したことなのですが、それについては機を改めて説明します。)

2.反レイシズムという「共通言語」の第一歩は、「差別を見たら110番」(NGOへの通報)

(忘れずに言っておけば、反レイシズムという「共通言語」をつくりあげる取り組みに「王道」はありません。日本社会の構成員皆が、一人一人頭を悩ませて考えて実践する以外にありません。ここで書くことは一つの提案です)

 あなたがレイシズムを目撃したら(あるいは「ひょっとしたら差別かも」と疑っただけでも)次の方法を試みてください。

①(NGOへの110番通報)NGOや弁護士など専門家に通報する
②(証拠保全)できるだけ差別の証拠をのこす(記憶による証言でもOK。できればスマホなどで写真・動画・音声を撮るのが良い。手帳やメールにメモを残すのもよい)

 です。

①について。
 レイシズム(差別)事例を見かけたら、ぜひARICなど反レイシズムに取り組むNGOに通報してください。たとえば、
 ・留学生やマイノリティが住宅差別に遭った
 ・友人の在日コリアンがバイト/就活の面接を断られた
 ・学校で外国にルーツがあることを理由に(中国人やブラジル人だ、など)いじめられていたことをみた
 ・差別的なポスター・掲示物をみつけた(「外国人を見たら110番」など)
  等々…

 要は、「差別を見たら(NGOに)110番」です。これは日本では決定的な意味を持ちます。
 なぜなら国・自治体が差別撲滅に取り組まず、深刻な差別が蔓延していることを公的な調査もせず否定し続けているからです(ヘイトスピーチについてだけようやく今年3月に調査結果が公表)。そういう国・自治体の「深刻な差別はない」という言い逃れを否定するには、NGOに差別情報を集積させることを通じて、どれほど差別があるのかを「可視化」させる以外に方法がありません。

 たった一件の通報でも、NGOが集計すれば「カウント1」として記録されます。それがなければ埋もれていたかもしれない事例「1」を、皆さんの通報が、日本のレイシズム実態「可視化」に結びつけるわけです。

 このように差別の110番通報は、レイシズム(差別)を社会的に「見える化」させる第一歩となります(反レイシズムの「共通言語」のうち②アクションを③社会的規範に結びつける社会的回路をつくりあげる第一の機能を果たします)。

 また、具体的な解決に結びつけることもできます。
 (たとえばARICでは差別の通報をもとに、インターネットの評価サイトに放置されていた、インドカレー料理店を誹謗中傷するヘイトスピーチの通報を受けて、サイト運営者に抗議して、削除させたことがあります。また通報ではありませんが、学生ボランティアチームの調査活動によって、京都大学生協発行の物件紹介冊子に掲載されていた「留学生入居可否」マークを明るみにしました。これも削除させています(こちらを参照 ))

(なので、もし差別を見たら、私たちARICの情報提供窓口 まで通報してください)

 そのため②のレイシズムの証拠を残すことも重要です。

 このように「差別を見たら110番」が今後、徐々に広まり、それによる深刻な差別実態が社会問題化され、また解決事例も増えていけば、それが反レイシズムという「共通言語」をつくることになるでしょう。さらに差別禁止法が国によってつくられ、本物の「差別110番」が制定されれば、差別=犯罪という常識は成立するでしょう。

 以上です。(なおここでは自分が差別被害に遭っていない場合を想定しています。ご自身が差別被害に悩んでいる方の場合、相談窓口にご連絡ください。ARICでもプライバシー厳守で相談を受け付けています し、各都道府県にある弁護士会にも相談窓口があります )。

 「共通言語」をつくりあげるという実践の具体案を提案してみました。

 しかし、これだけでも、まだピンと来ない方も多いと思います。
 そこで次回は、皆さんが私に教えてくださった差別事例を紹介しながら、解説をしてみたいと思います。

(以上)

(追記)

上の①と②に、

③(あとは自分のできる限りで)NGOや弁護士など専門家といっしょに自分も対策を考える

を追加しても、当然よいわけです。

また以下のことはNGOと市民が今後行うべきことですが、次のことが追加できます。

④(国・自治体への通報)NGOと共に国・自治体に差別情報を通知し、人種差別撤廃条約を履行するよう求める
ことも当然できます。しかし日本の政府・自治体は極めて保守的なので残念ながら実効的なアクションが期待できません。
その場合は、

⑤(国・自治体の人種差別撤廃条約不履行を可視化させる)国・自治体が動かないことをマスコミなどに働きかけて社会問題化する
ことが当然できます。

こういうことを通じて、人種差別撤廃条約が求める人権規範のレベルと、日本の国・自治体が深刻なレイシズム状況を放置しているという怠慢のギャップをあらゆる手段をつかって可視化=社会問題化することが求められています。

今回書いた、差別情報の収集は、この第一歩として位置づけることができます。


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by ryangyongsong | 2016-07-15 19:53
去る6月24日には東京女子大学の授業に招かれ、ヘイトスピーチ被害実態についてお話ししました。約50名ほど受講生がおられましたが、皆さん真剣に聞いてくださいました。
当日質疑応答に十分時間が割けなかったこと、また寄せられた質問・コメントに非常に重要なものが多かったことから、このブログで少しずつ応答していこうと思います。
 ※6月29日の京都大学での授業に関してはこちら

第一回目の質問は次のようなものです。

Q「「共通言語」とは、つまりどのような認識を持てば良いのでしょうか? ①人権に関しては、侵害されたと感じること、また人権が侵害された際に本気で怒るような感情を持つようにとらえるということで合っていますでしょうか? ②、③も同様に考えてよろしいでしょうか?」

A まず、「共通言語」をもつ、とは、「認識」の問題ではありません。あなたの言う、「人権が侵害された際に本気で怒るような感情を持つ」こともその必要条件です。しかしそれだけでありません。
 私が「共通言語」という言葉で伝えたかったことは、マジョリティ/マイノリティを問わず社会の成員の間で成立している人権規範のこと、です。要するに差別を「差別だ」と「見える化」する関わり方を伴った言葉、ということです。それも身の回りレベルだけでなく、社会レベルで差別を可視化するような、社会レベルで通用するという意味での「共通言語」です。

 以下、改めて授業で伝えきれなかったことも含めて、やや体系立った説明を試みます。
 (あなたのQに対して、端的に答えることは次回にいたします。)

 ちなみに上のQでいう①②③とは、①人権、②反レイシズム、③反歴史否定(修正主義)の三つの社会規範のことです。このQの趣旨を明確にするためには、授業で私が何をお話ししたのかを改めて書かねばなりません。

1.在日コリアンはヘイトスピーチ頻発下で深刻な被害に遭っているだけでなく、差別を「差別だ」と言語化する力を奪われている。

私は当日の授業でヘイトスピーチの被害が極めて深刻であること(見たその場で耐えられず吐くとか、不眠症になるとか、その場に行くことができないとか、日本人が怖くなる、等々)を話しました。
しかし同時に強調したのは、深刻な差別の被害を受けているにもかかわらず在日コリアン(特に若者)は多くの場合、差別を「差別だ」と抗議することができないでいること、もっといえば差別を「差別だ」と認識することあるいは言葉にして他者に伝えることができない(あるいは避ける)ということでした。

つまりヘイトスピーチ頻発下では、差別が深刻であるだけでなく、差別を当事者が「差別だ」と抗議したり言語化することが極めて困難である、という二重の問題がある、ということです。

だからもしもみなさんの知人・友人に在日コリアンがいたとして、その人が「自分は差別されたことないよ」とか「ヘイトスピーチについては騒ぎすぎだと思う」とか言ったとしても何の不思議もありません。実際に直接的被差別経験がない場合もゼロでないでしょうが、深刻な差別を受けていても言語化できないだけかもしれないのです(それどころか後述するように在日の多くは自分がコリアンであるということを言語化する力をも奪われています)。

これは在日コリアンが「弱い」からでしょうか。そうではありません。特定の社会的条件が当事者の力を奪っているからです。その特定の条件とは何でしょうか。

2.在日コリアンがレイシズム(差別)を語るのに必要不可欠な3つの「共通言語」――①人権規範、②反レイシズム規範、③反歴史否定規範(反歴史修正主義規範)

それが、①人権、②反レイシズム、③反歴史否定という三つの社会的規範が日本社会ではほぼゼロであること、です。

社会的規範とは、簡単に言えばここでは、日本社会のメンバーが依拠すべきとされる物事の判断基準やルールのこと、です。①について言えば、人権規範とは、何が人権侵害で何がそうでないのかという判断基準のことであり、かつ人権侵害は社会が撲滅すべき悪として関わるべきだ、という意味を伴います。

要するに戦後日本には、①人権侵害は許さない、②レイシズムは許さない、③歴史否定は許さない、という最低限の社会規範さえ存在しない先進国唯一の特殊な社会なのです。

3.社会的規範=共通言語。「セクハラ」という言葉を例に

 社会的規範という例がイメージしにくいと思いますから、「セクハラ」という言葉を例に説明します。
 いまでこそ日本では「セクハラは犯罪」という認識が(少なくとも建前では)常識といってよいレベルになった、といってよいでしょう。しかしこれは「自然なこと」ではなく、セクハラをなくし、違法化を求める「反セクハラ」の力こそが、(不十分であるとはいえ)社会的規範の成立を勝ち取ったわけです(第一にその言葉を使って女性が差別と闘ったこと、第二に法律・政策がつくられたこと等が、「セクハラ」という言葉に力を与え、「セクハラは犯罪」という社会的規範が不十分ながら成立)。
 重要なことは「セクハラ」を可視化させたのは、「反セクハラ」という社会的規範のほうであって、性差別実態それじたいではない、ということです。つまり「セクハラ」は戦後日本社会でずっと横行してきましたが、ずっと「差別」だとはみなされませんでした。しかし80年代後半から「セクハラ」という言葉を与えられてはじめて「差別だ」と社会的に可視化されました。これが反人権侵害という社会的規範が、人権侵害を言語化するために必要な社会の「共通言語」となる、ということの意味です。
 もちろん「セクハラ」は性差別を見えるようにする共通言語としては、欧米と比べればたいへん不十分です。ですから日本では「セクハラ」だけでなく性差別そのものを違法化させるべく社会的規範をアップデート(更新)してゆく必要があります(「セクハラ」や「マタハラ」など最も深刻なレベルの性差別だけでなく、性差別そのものを違法化すること)。これが「共通言語」を新しくつくりあげてゆく、ということの意味です。

4.在日コリアンとは、①日本のマイノリティであり、②在日外国人の一員であり、③旧宗主国にすむ旧植民地出身者である。だから①人権、②反レイシズム、③反歴史否定の社会規範が存在しない限り、マジョリティと相互理解などできない。

 冒頭で指摘した、日本で欠けている三つの人権規範のうち、「セクハラ」は①の、それも一例にすぎません。このように①人権一般、②レイシズム、③歴史否定が「社会が闘うべき悪」とみなされるような常識をつくりあげること。これが三つの「共通言語」を闘いとるということの意味です。
 ところでなぜ①反人権侵害、②反レイシズム、③反歴史否定の三つなのか。それは在日コリアンが、①マイノリティであり、②在日外国人の一員であり、③旧宗主国在住の旧植民地出身者だからです(①②③がそれぞれに対応していることはおわかりかと思います)。
 在日コリアンは①マイノリティです。人権規範が無い状況で、マジョリティとマイノリティが相互理解を行うことは絶対に不可能です。なぜなら人権規範が無い以上、人権侵害・差別が起きた時、それもまた「一つの言論」として尊重するという歪んだ「平等」規範に、マジョリティもマイノリティも全員が従うよう強いられるからです。マイノリティが差別もまた「一つの立場」として尊重し「平等」に接することを強いられる条件下で、「相互理解」を目指そうとなると、自分を押し殺す以外に途がありません(その反応には冗談ではぐらかしたり、笑って受け流したり、傷つかないフリをしたり、マジョリティ側に過剰適応するあまりマイノリティ側を攻撃したりなど、数えきれないバリエーションがありえます)。
 在日コリアンは①マイノリティのなかでも、②在日外国人です。つまり日本に住む、外国にルーツを持つマイノリティだということです。ゆえに反レイシズム規範が存在しなければ十全に自己を承認することはできません(ここでいう「外国人」とは国籍・法的地位で決められるものではありません。日本国籍保持者やダブルの方を含めています)。その点で在日コリアンは、在日ブラジル人やベトナム人と同じです。
 在日コリアンは②在日外国人のなかでも、③旧宗主国在住の旧植民地出身者です。ゆえに反歴史否定規範がなければ、自分を十全に承認することができません。
 こうしてみると、①人権規範、②反レイシズム規範、③反歴史否定規範の三つの社会的規範は、「共通言語」となるだけでなく、在日コリアンにとって「マイノリティの身を守る盾」となることもわかると思います。逆に言えば在日コリアンの若者は自分の存在を肯定する「盾」が一つもない、状況に追い込まれている、ということです。つまり自分の存在が常に社会から否定(疑問視・異常視)されているときに、自分の身を守る術がない、ということです。

 在日コリアンが自分(たち)の被差別経験を言語化するには、少なくともこれら3つの社会規範が成立していなければ、言語化されようがない、ということです。そのためヘイトスピーチが社会問題にされるはるか以前から、在日コリアンは深刻なレイシズム被害にあってきたにもかかわらず、それらはほとんど日本社会で通用する形で言語化されたことがなかったわけです。

 (なおこの「共通言語」はマジョリティ/マイノリティ間で「通ずる」としても、その理解・解釈・意味の重みという点では両者の間に深い溝が残念ながら存在します。男性が「セクハラはいけないもの」と建前では言ったとしても(これは「共通言語」が効いているから)、「(態度や容姿などをあげつらい)女性の側にも非がある」などとジェンダー的な偏見をもっていたりすることがあるのと同じようにです。「共通言語」の成立がマジョリティ/マイノリティの対立を解消する者では決してありませんが、両者の対立の形を変えることができる、ということです)

 ではどうしたら、反レイシズムという社会的規範を闘いとることができるのでしょうか。
 この点については次回お答えします。



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by ryangyongsong | 2016-07-08 16:39
前回記事「6/29京都大学での授業QA関連:ARIC出張授業で用いた反レイシズムワークシート(仮版)」で紹介した5つの問いのうち、1から3についての回答と解説を書きました。

回答は以下の通りです。

問1.次の例のうち、あなたが差別に当たると考えるものに○を、そうでないものには×をつけてください。【○×チェック】


問題

回答欄

1.在日コリアンのAさんが日本人のBさんから暴行を受けた。

×

2.在日コリアンのAさんが日本人のBさんから暴行を受けた。Bさんはその時「反日韓国人!」と叫んでいた。

3.日本人のCさんが日本人のBさんから暴行を受けた。Bさんはその時「お前は反日韓国人と同じだ!」と叫んでいた。


 ※大前提としてこの設問は、一般的に人種差別撤廃条約というモノサシに照らして、差別とそれ以外の区別を区別することを目的としています。差別とはなにか?という問いを思想的・哲学的に考えるという目的ではなく、あくまで法律・政策や社会規範から、差別と区別にどのような線引きを行ったらよいか?という問いを考えることを目的としています。



1. 被害者がマイノリティ(在日コリアンのAさん)で加害者がマジョリティ(日本人のBさん)であったとしても、それが差別であるかどうかは、それだけではわかりません。したがってこれの情報だけでは×(あるいは○とは言えない)、となります。

 つまり差別とは、マジョリティがマイノリティに加えた人権侵害であれば何でも差別であるというようなものではない、ということです。

 では、何が差別を区別から区別するのでしょうか。


2. 暴行事件としては上の1.と同じです。しかし、Bさんはその時「反日韓国人!」と叫んでいた」という条件がついています。この条件が加わることから、このケースは差別だと言えます。

 なぜでしょうか。それは、①出自にまつわるグループ(韓国人)への②不平等につながる目的または効果を持つ(人種差別撤廃条約第一条)と考えられるからです。

 念のためもう一度人種差別撤廃条約第一条を再掲します。

 「この条約において、「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先〔①グループにまつわる〕であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果〔②不平等〕を有するものをいう。」(人種差別撤廃条約第11項(外務省公定訳http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/conv_j.html#1より引用)

 ここで考えたいのは②不平等とは、「目的又は効果を有するもの」という定義になっている点。つまり加害者が明確な「目的」を持っている場合が差別であることは当然として、「目的」を持たない(あるいは立証できない)場合であっても「効果」だけあればそれだけで差別になる、ということです。

 この2.では、加害者のBさんが「反日韓国人!」と叫びながら在日コリアンのAさんに暴力を振るいました。ここからBさんが「在日コリアン」を攻撃する(あるいは貶めるなり不平等に扱う)という「目的」を持っていた可能性があります。つまり、この暴行事件は上の1.のように単なるBさんのAさんへの暴行事件とは異なり、Aさんが在日コリアンの一員であるからこそ引き起こされた(さらには一層激しくなった)と考えられる。これが①出自にまつわるグループを②不平等に扱う目的を伴っていたと考えられる場合です。

 そして前述の通り、上のような目的を持たない場合であったとしても、効果は伴いますから、やはり差別です。つまり「反日韓国人!」と叫びながら暴行すること自体が、①コリアンという民族的グループへの②不平等を助長・煽動する効果を発揮します。だから差別だと言えます。


3. これも暴力事件としては1.とも2.とも同じですが、今度は被害者が日本人C(マジョリティと考えられる)です。しかし、たとえ同じ日本人(B)から日本人(C)への暴行であったとしても、「Bさんはその時「お前は反日韓国人と同じだ!」と叫んでいた」ことからこれは差別です。①出自にまつわるグループ(韓国人)への②不平等につながる目的または効果を持つと考えられる(同第一条)点で、2.と同じだからです。

 京大の受講生の回答のうち、この3.の正答率が最も低いという結果となりました。やっぱり日本人が日本人に害を加えてもレイシズムになる、ということは、日本社会ではあまりなじみがないのでしょう。

 しかし、この3.のような、日本人が日本人を襲撃するレイシズム事件は実は、頻発しています。最も深刻な実例の一つが、2010年に4月に在特会というレイシスト団体(「在日特権を許さない市民の会」)らが、朝鮮学校を支援したという理由から徳島市の日教組事務所を襲撃した事件があります。この事件は事務所に十数人が乱入し、「女性書記長の名前を連呼しながら拡声機で「朝鮮の犬」「非国民」などと怒鳴り、その動画をインターネットで公開」するなどしました。被害者が起こした民事訴訟の高裁判決が2016425日に下りましたが、「在日朝鮮人に対する差別意識を有していた」と指摘した」だけでなく、「在日の人たちへの支援活動を萎縮させる目的があり、日本も加入する人種差別撤廃条約上の「人種差別」にあたる」と判断し436万円の賠償を命じています(「在特会の県教組抗議は「人種差別の現れ」 高松高裁判決」(朝日新聞2016426http://www.asahi.com/articles/ASJ4P6QCWJ4PPLXB00V.htmlより)。

 ほかにも20142月にはJR川崎駅でヘイトスピーチ街宣に参加した人物が通行人を模造刀で斬り付けた事件が発生したり(神奈川新聞http://www.kanaloco.jp/article/147628)、2016320日には川崎駅前で維新政党・新風の街宣に抗議していた市民にヘイトスピーチ街宣を12回主催している人物らが集団暴行を加えた等の事例があります(神奈川新聞http://www.kanaloco.jp/article/160755)。


 さて、上の1.23.から言えることは何でしょうか。

1)マジョリティによるマイノリティの人権侵害だったとしても、それが差別であるとは限らない(1.

2)マジョリティによるマジョリティの人権侵害だったとしても、それは差別である可能性がある(3.

ということです。


 私が強調しておきたいことは、2)の実践的な重要性、つまり日本人による日本人へのレイシズムの重要性です。

 つまり①グループにまつわる②不平等としてのレイシズムは、

 (1)マイノリティだけを破壊するにとどまらず

 (2)マジョリティをも破壊する、ということです。なぜならレイシズムによって不平等に扱うことが正当化されてしまう人種/民族的グループであるとみなしさえすれば、相手がマジョリティであろうと誰であろうと不平等に扱うこと(ひいては破壊すること)が可能になる/正当化される、からです(要は「在日認定」など)。

ここからレイシズムが文字通り、

 (3)社会そのものを破壊する

 ベクトルを持つということが論理的に理解できるはずです。

 先ほど日本人による日本人への暴行事例を挙げましたが、じつはほかにも頻発するヘイトスピーチが、マイノリティだけでなく、反原発運動・平和運動・沖縄の米軍基地反対運動からSEALDsに至るまで、いまの日本社会で少しでも人権や民主主義を守ろうとする運動(団体も個人も)をターゲットにするようになっています。しかしこれは社会を破壊するレイシズムの論理からすれば不思議でも何でもないのです。

 まだ先があります。グループにまつわる不平等を正当化するレイシズムは、いざという時に、同じ人間を、生きるべき者と死ぬべき(殺すべき)者とに分断する機能を発揮します。レイシズムが激化すれば暴力に、ひいてはジェノサイドに行き着くのは、この機能に関係しています。だからこそレイシズムはあらゆる国家・社会が闘って撲滅するよう人種差別撤廃条約によって義務付けられているのです。日本は30年遅れて95年に批准しましたが、いまだ差別禁止法をつくりません。これが、自分たちもやってもやらなくてもよいほど適当で軽いノリで行われる、根性のない「素人」が遊び半分で頻発させてきたヘイトスピーチ街宣でさえ、ほとんど対処できずにきた最大の理由の一つです。


 では、このような差別にどのように対処すればよいのでしょうか。


 大前提として、差別禁止法をつくる必要があります。それは何度も繰り返した通り、

①出自にまつわるグループへの、②不平等(という人種差別撤廃条約第一条の定義)

を法律や制度によって規制するということです。

人種差別撤廃条約第一条に照らした差別(レイシズム)の定義を日本の国内法(やそれに準ずる社会のあらゆるルール)づくりに導入すること。これが日本社会で差別をなくす第一歩です。


ただし、この差別禁止というある意味で消極的なやり方だけでは差別をなくすことはできません。そのことについては次回また書きます。


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by ryangyongsong | 2016-07-08 02:33

多忙にかまけ、長らく更新を怠っていましたが、こちらのブログも再開します。

(小坪慎也市議のヘイトスピーチの批判は、ARICのブログを解説して週一で続けてまいりました。ぜひそちらをご覧ください。このブログでも小坪批判は近々再開します。


さて、この間、立て続けにARICの出張授業で反レイシズム・ヘイトスピーチについて講義を行ってきました(6月24日東京女子大学、6月29日京都大学、7月6日東京経済大学など)。


内容は、実際のヘイトスピーチの映像や被害実態からはじまり、関東大震災の朝鮮人虐殺や、欧米の反レイシズム政策を紹介することで、いまのヘイトスピーチ頻発状況の原因を考える、というものです。いずれも基本的に大学1年生を対象とした授業ですが、皆さん真剣に聞いてくださいました。


しかし90分一回の授業では、質疑応答の時間内では質問に十分答えられなかったり、あるいは授業後に頂いたコメント・感想に対しても(せっかく貴重で鋭い質問が多くても)対処できないという問題を避けることができません。


そこで適宜このブログを使って、授業でお話しできなかったことや寄せられた質問のうち特に重要なことについて、事後的にお答えするという試みをやってみようと思います(これはこれで、若い世代の素朴な疑問を可視化することにつながりますし、日本社会が闘い取る途上にある反レイシズムという「共通言語」を練り上げる取り組みの一環でもあるでしょう)


まず、6月29日に京都大学でお話しした際に、授業冒頭で学生さんたちに取り組んでもらったQについてです。

Qを再掲します。次回、Aについて解説を加えて「答え」を書くことにします(「答え」は授業でもお話ししましたが解説は十分にできなかったので)。


それでは。


(以下、ARICで開発中の反レイシズム教材仮版抜粋)


これって差別ですか?

――人種差別撤廃条約の定義から考える――


問1.次の例のうち、あなたが差別に当たると考えるものに○を、そうでないものには×をつけてください。【○×チェック】

 参考:「この条約において、「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう。」(人種差別撤廃条約第11項(外務省公定訳http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/conv_j.html#1より引用)


問題

回答欄

1.在日コリアンのAさんが日本人のBさんから暴行を受けた。

2.在日コリアンのAさんが日本人のBさんから暴行を受けた。Bさんはその時「反日韓国人!」と叫んでいた。

3.日本人のCさんが日本人のBさんから暴行を受けた。Bさんはその時「お前は反日韓国人と同じだ!」と叫んでいた。

4.企業の採用試験に遅刻しそうな男性Dさんが電車に飛び乗ろうとしたが、その車両が女性専用車両だったので電車を逃し、結局試験を受けられなかった。

5.朝鮮学校に自治体が補助金を出すこと


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by ryangyongsong | 2016-07-06 16:00