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反レイシズム関連を中心に適宜更新します。


by ryangyongsong

与党ヘイトスピーチ法案の「適法に居住するもの」規定はなぜ問題か

今日ヘイトスピーチ法案が審議されます。

既に様々な報道がありますが、与党法案は極めて問題が多く、特に「適法に居住するもの」という規定で不当な差別を持ち込もうとしています。これだけは絶対に削除しなければなりません

反レイシズム情報センターで下記の声明を出しました。

「本邦外出身者」規定により非正規滞在者・難民など特定のマイノリティへの差別を煽動する与党ヘイトスピーチ法案の修正を強く求め、特に「適法に居住するもの」規定が削除されない場合は法案の廃案を求める声明


「適法に居住するもの」規定批判に焦点を当てたものです。既に様々な団体が批判声明を出していますが、触れられていない論点にも踏み込んでいるので、ぜひお読みください。

何よりも重要なことは、「適法に居住するもの」なる制限は、国籍・在留資格によって基本的人権を制限することはやむを得ないとする入管法や国境管理上の発想だ、ということです。国境管理上「しかたなく」基本的人権としての移動や居住の自由を制限せざるを得ない、ということで許容されているわけです。与党法案はその入管法の論理を基本的人権を擁護を目的とする差別禁止法制の内部に挿入しているわけです。

しかし注意すべきは一般的勧告30 が想定しており普通問題になるのはあくまでも入管法や国籍法制といった国籍・市民権の有無による「区別」を基に実施される政策とそれによる効果の問題であって、それもレイシズムであれば人種差別撤廃条約に違反する、ということでしょう。
しかし今回の与党法案はそういう問題ではないのです。「適法に居住するもの」なる規定を持ち込むことで、ヘイトスピーチ対策法の内部にいわばレイシズムを持ち込もうとしている、ということなのです。人種差別撤廃委員会はじめ各国の専門家もビックリするでしょう。
私は差別禁止法の内部に差別を持ち込むという驚愕の裏技で、日本が世界各国が積み上げてきた人権規範水準を掘り崩す大穴を空ける可能性さえあるのではないかと思います。

ほかにも、「適法に居住するもの」という規定によって、与党法案が謳う「相談体制」や「教育」の充実も、大きくゆがめられてしまうでしょう。
例えば「相談体制」の充実。在留資格が無い人が相談に来た場合、国は相談に乗るのでしょうか? そもそも相談に来た人に「あなたは在留資格がありますか?在留カードを見せてください」という質問をするのでしょうか? ヘイトスピーチの相談者にいきなり国籍や在留資格を問うこと自体重大な人権侵害であることは間違いありません。
またレイシズム撤廃にとって最も重要な課題の一つが被害実態調査ですが、これも「適法に居住するもの」規定によって制限を加えるのでしょうか? 被害者に聞き取りをしたときに同じように国籍や在留資格の有無を聞くということなのでしょうか?
不安が付きまといます。これでは安心して被害を相談/申告できるとは言えないですよね。

このような問題は与党法案成立後に、ヘイトスピーチ関連法だけでなく、日本が今後整備する差別禁止法はじめとした反レイシズム法制に大きな悪影響を及ぼすでしょう。またレイシズム以外の差別禁止法に悪影響を及ぼす可能性さえあります。

ほかにも無数に問題がありますが、最後に一点だけ。

結局ヘイトスピーチ(差別煽動表現)をなくしたければ、ヘイトスピーチをなくすだけでなく、レイシズム(人種/民族差別)一般をなくすための包括的な差別禁止法(反レイシズム法制)を整備しなければならない、という基本のキに立ち戻るべきだ、ということです。
皮肉なことに、前代未聞の与党法案が堂々と提案されてしまうことじたいが、このことを何よりも強く示していると言ってよいでしょう。反レイシズム法制がゼロの日本で、レイシズムの一部に過ぎないヘイトスピーチのみに特化した法律をつくり、しかもその法律で「本邦外出身者」それも「適法に居住するもの」規定による不当な制限をかけることは、それじたいがレイシズムを煽動する効果を持つことになるのです。

労働市場規制可能なユニオン(企業横断的な労働組合)さえなく、福祉国家でさえない日本では、市民や社会運動がもつ法律をつくらせる/改正させる力が極めてぜい弱とならざるをえません。そのような国では欧米が半世紀前に勝ち取って来た反レイシズム法/規範を形成するという基本的課題さえ極めて困難であるということ、それだけでなく政権のさじ加減によって反ヘイトスピーチの世論が不当にもレイシズム煽動にさえ反転させられる危うい力関係にあるということを、今回の与党法案は示しているように思います。

そういう困難な状況下で、中長期的に反レイシズム法制を整備するという目標に照らして何ができるのかという構想も、同時に求められているといえます。

(以下、ARIC声明)

2016年4月25日

反レイシズム情報センター(ARIC)

4月8日に与党から提案された「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(案)」(以下、「与党法案」)は、ヘイトスピーチの定義を「本邦外出身者」を対象としたものに限定している。しかも「適法に居住するもの」なる文言によって極めて不当な制限を加え、非正規滞在者や難民をはじめとするマイノリティを除外している。

上記二点は、「本邦外出身者」以外のあらゆる国内のマイノリティへのヘイトスピーチ(差別煽動表現)とレイシズム(人種/民族差別)に対して国がお墨付きを与え、レイシズムを助長・煽動する危険性が高いという意味で看過できない。特に「適法に居住するもの」規定は、国籍・在留資格によって基本的人権を制限することはやむを得ないとする入管法の論理を、差別禁止法制の内部に持ち込むという前代未聞のものであり、絶対に許されない。

与党法案はそもそも禁止規定を欠くなど実効性に疑義があるが、私たちはとりわけ上記二点に関連して以下のような修正を強く求める。特に「適法に居住するもの」規定が削除されない場合は法案の廃案を求める。

【要求項目】

1.「本邦外出身者」という不当な限定を外し、人種差別撤廃条約が締約国国内で撤廃を求めている「あらゆる形態の人種差別」に対する煽動が含まれるよう定義を修正すること
2.「適法に居住するもの」という文言は絶対に削除すること、もしも削除されない場合は法案を廃案にすること
3.国会議員は、可及的速やかにヘイトスピーチ対策の不可欠の条件となる反レイシズム法制(包括的差別禁止法)を整備するべく尽力すること、また現下審議中のヘイトスピーチ法案が将来整備されるべき反レイシズム法制への第一歩となるべく尽力すること

【理由】

1.「本邦外出身者」という不当な限定を外し、人種差別撤廃条約が締約国国内で撤廃を求めている「あらゆる形態の人種差別」に対する煽動が含まれるよう定義を修正すること

与党法案はヘイトスピーチの定義を第二条で次のように規定している。

「この法律において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは、専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下この条において「本邦外出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然とその声明、身体、自由、名誉又は財産に危害を加える旨を告知するなど、本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動をいう。」(与党法案第二条

与党法案は、この「本邦外出身者」という規定によって、「本邦外出身者」以外のあらゆるマイノリティへ向けられたヘイトスピーチを合法化してしまう。この規定は、「本邦外出身者」以外のあらゆる国内のマイノリティへのヘイトスピーチとレイシズムに対して国がお墨付きを与え、レイシズムを助長・煽動する危険性が高い。

なぜなら日本は戦後70年以上、差別禁止法をはじめとした普遍的な反レイシズム法を一つもつくらなかったからだ。差別禁止法が皆無の日本では一般市民はおろか政治家でさえ、何がレイシズムで何がそうでないのかを判別できない人が多い。その状況で、レイシズム一般ではなくレイシズムの一部に過ぎないヘイトスピーチのみに特化した法律をつくり、しかもその法律で「本邦外出身者」規定による限定をかけることは、「本邦外出身者」でないマイノリティへのレイシズムを正当化し煽動する危険性をそれだけ高くする。

与党法案から「本邦外出身者」という不当な限定を外し、人種差別撤廃条約が締約国国内で撤廃を求めている「あらゆる形態の人種差別」に対する煽動が含まれるようヘイトスピーチの定義を修正することを強く求める。

2.「適法に居住するもの」という文言は絶対に削除すること、もしも削除されない場合は法案を廃案にすること

与党法案の「本邦外出身者」規定中の「適法に居住するもの」という不当な制限は、法案の目的そのものに照らしても、今後日本で整備されるべき反レイシズム法制にとっても、致命的というほかない欠陥である。これは以下四点にわたり深刻な影響を及ぼす。つまり与党法案は、

1)在日コリアンへのヘイトスピーチにさえ対処できない
2)非正規滞在者や難民へのレイシズムを煽動する危険性が高い
3)入管法の論理を差別禁止法に持ち込む前代未聞の法案である
4)このまま成立した場合、将来整備される反レイシズム法制にもこの定義が持ち込まれる恐れがある

1)在日コリアンへのヘイトスピーチにさえ対処できない

例えば「不法滞在の在日を叩きだせ!」などヘイトスピーチは、「適法に居住するもの」なる文言の制限によって、与党法案では合法になりかねない。その場合、与党法案はヘイトスピーチの対処どころか、むしろ在日コリアンへの合法的なヘイトスピーチのやり方を例示するガイドラインとなりかねないのである。

そもそも日本による植民地支配と朝鮮分断によって離散を強いられたという歴史的経緯から、在日コリアンの中には済州島4.3事件や朝鮮戦争期をはじめ、生きるために家族・親族を頼って戦後も日本へ逃れざるを得ず、不当にも日本政府に「密航者」扱いされた人々が少なくない。このような特殊な歴史的経緯をむしろ攻撃のネタにして、在日コリアンの日本での居住や歴史的存在そのものの法的正当性に疑義を呈するタイプのヘイトスピーチは、長年在日コリアンを苦しめてきた。

このタイプのヘイトスピーチに対処できないということは、与党法案がごく基本的な在日コリアンへのヘイトスピーチにさえ無力であることを示しており、致命的な欠陥というほかない。

なお上記1.で指摘した通り、差別禁止法が無い状況であえて「適法に居住するもの」なる不当な制限をかけたヘイトスピーチ対策法をつくることじたいが、「適法に居住するもの」でないとみなされるマイノリティへのレイシズムを煽動する危険性をそれだけ高くする。この点は以下の2)も同様である。

2)非正規滞在者や難民へのレイシズムを煽動する危険性が高い

与党法案は「適法に居住するもの」なる文言で制限を加えることで、非正規滞在者や難民へのヘイトスピーチを対象外にしている。これは非正規滞在者や難民への合法的なヘイトスピーチのやり方を例示するガイドラインとなりかねず、またレイシズムを煽動する危険性が高い。

※この点については4月15日付で出された「「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律案」に関する全国難民弁護団連絡会議緊急声明」が最もよく問題点を指摘しているので参照されたい。

3)入管法の論理を差別禁止法に持ち込む前代未聞の法案である

「適法に居住するもの」なる制限は、国籍・在留資格によって基本的人権を制限することはやむを得ないとする入管法や国境管理上の発想である。そのような入管法の論理が、基本的人権を擁護するはずの差別禁止法制の内部に挿入されることは前代未聞である。

国籍・在留資格による差別は、人種差別撤廃条約においても、同条約の解釈を示す一般的勧告30で「基本的な差別禁止を損なわないよう解釈しなければならない」とされている。「適法に居住するもの」なる文言で制限を許容することは、差別禁止法制の内部に、国籍・在留資格によって差別を行ってもよいとする条項を挿入することになる。これは国際人権法や各国国内法で勝ち取られてきた人権規範に、先進国である日本から大きな穴をあけることになりかねない。

4)このまま成立した場合、将来整備されるべき反レイシズム法制にもこの定義が持ち込まれる恐れがある

万が一与党法案が修正なしで成立し、「適法に居住するもの」なる制限が条文となる場合、今後東京オリンピックを控えた日本が整備してゆかざるを得ない反レイシズム法制にも、この「本邦外出身者」規定や、特に「適法に居住するもの」なる文言による制限が繰り返し挿入されることとなる危険性が高い。もしそうなった場合、今後改正・制定される反レイシズム法制にも、上で指摘した「本邦外出身者」や「適法に居住するもの」規定による分断・差別が繰り返し持ち込まれることになる。それは除外されたマイノリティへのヘイトスピーチ/レイシズムを助長・煽動する効果を持ち、マイノリティはじめ社会を深刻な分断・危機に陥れる危険性さえ否めない。

3.国会議員は、可及的速やかにヘイトスピーチ対策の不可欠の条件となる反レイシズム法制(包括的差別禁止法)を整備するべく尽力すること、また現下審議中のヘイトスピーチ法案が将来整備される反レイシズム法制への第一歩となるべく尽力すること

いま国会でヘイトスピーチ法がつくられようとしていることじたいは、20年以上人種差別撤廃条約に違反し続けている日本が、反レイシズム法制整備に向けた第一歩を踏み出すという意味では、貴重な前進だというべきである。

それだけに与野党含め国会議員は、深刻なヘイトスピーチをなくすためには、幾度もの国連勧告が繰り返している通り、人種差別撤廃条約が義務付ける反レイシズム法(包括的な民族差別禁止法)の制定が不可欠であるという原則に立ち戻り、可及的速やかに日本で反レイシズム法制を整備するべく尽力すること、また現下審議中のヘイトスピーチ法案が将来整備される反レイシズム法制への第一歩となるべく尽力することを強く求める。

以上


by ryangyongsong | 2016-04-26 10:04